2011年 01月 23日
日々の祈り
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インドネシア、バリ島では、正装した人々が、チャナンと呼ばれる花の供え物を寺院や祠に捧げ、
タイやラオスの上座部仏教の人々は、夜も明けきらぬうちに食事作りをはじめ、托鉢にやってくる僧侶のために準備をし、
モスリムであるインドネシアの友人やミャンマーでであったウルドゥー系インド人の女性は、1日に5度、メッカに向かって日々祈りを捧げる。
私は毎日とはいかないまでも、朝の通勤途中にある神社に立ち寄り、アジアでであった人たちに祈りを捧げる。
今まではあまり考えずに入れていたお賽銭、右手を意識しておこなうようになったのも、アジアのたびの中で学んだ。
目を閉じ、両手を合わせ、ある日はフィリピンのパラワン島で一緒に野外活動をした学生たち、またある日はタイのメーチェムでお世話になたNGOのスタッフや、ホームステイしたレストランの家族、ひとりひとりの顔と名前を思い浮かべながらみんなの幸せを祈る。
その日も、農地が白く覆われるほどの寒い朝だった。本殿に向かう境内で、散歩がてらお参りにきたであろう母親と、まだ歩きはじめて間もないような幼い子供とすれ違った。
祈りを終え、境内を出ようとするところで、前を歩いていた幼い子供は歩みをやめ、私が近づいてくる間、じ~っとこちらを見つめていた。少し前を歩いていた母親もそんなわが子を待っていた。
そして、私がその子を追い越したときだ。
- よぉう -
みたいな感じで私に向かって掌をかざしたのだ。
顔を上げ、ただでさえバランスの悪いその状態で、バイバイと手をふるのはまだ容易ではないであろう。
その思いがけない行為に、私は照れ笑いを浮かべながらバイバイと手をふった。
「どうもすみません。」とやはり恥ずかしそうな顔を浮かべる母親は、この子の相手をしてくれてありがとう、という感情を抱いているようにも見えた。
人との接点がほとんどないこの日本の暮らしの中で、一筋の光が私を照らしてくれた。
こんなであいも、きっとアジアの人たちが運んでくれたのかもしれない。
タイやラオスの上座部仏教の人々は、夜も明けきらぬうちに食事作りをはじめ、托鉢にやってくる僧侶のために準備をし、
モスリムであるインドネシアの友人やミャンマーでであったウルドゥー系インド人の女性は、1日に5度、メッカに向かって日々祈りを捧げる。
今まではあまり考えずに入れていたお賽銭、右手を意識しておこなうようになったのも、アジアのたびの中で学んだ。
祈りを終え、境内を出ようとするところで、前を歩いていた幼い子供は歩みをやめ、私が近づいてくる間、じ~っとこちらを見つめていた。少し前を歩いていた母親もそんなわが子を待っていた。
そして、私がその子を追い越したときだ。
みたいな感じで私に向かって掌をかざしたのだ。
顔を上げ、ただでさえバランスの悪いその状態で、バイバイと手をふるのはまだ容易ではないであろう。
その思いがけない行為に、私は照れ笑いを浮かべながらバイバイと手をふった。
「どうもすみません。」とやはり恥ずかしそうな顔を浮かべる母親は、この子の相手をしてくれてありがとう、という感情を抱いているようにも見えた。
人との接点がほとんどないこの日本の暮らしの中で、一筋の光が私を照らしてくれた。
こんなであいも、きっとアジアの人たちが運んでくれたのかもしれない。
by asiax
| 2011-01-23 15:07
| インドネシア(バリ島)