2011年 11月 05日
罪滅ぼし
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こうしてアジアをたびして出会った子供たちと仲良くしているように、どうしてあの頃、あの子たちと遊んであげられなかったのだろう。
法事で12年ぶりに母方の親戚が集まった。
私が中高生の頃までは祖父母や親戚が集まることはよくあったけれど、大人になってからは、親戚が集まるのは葬式くらいだった。
だから、小さかった頃のいとこの姿がしっかりと脳裏に焼きついていて、12年という歳月以上に、みんなの成長した姿に驚きを隠せなかった。

小さい頃の面影を残したまま大人になった6歳下の子
8つ下の子は、誰か分からないくらいきれいになり、私の取り皿に、出てきた料理をきれいによそってくれる
10歳違いの子は2人、一人は12年前はガングロで、その子がいまや一児の(茶髪の)母となり、
もう一人は二児の母、息子である2歳のお兄ちゃんは、きれいなお姉さんたちに遊んでもらって、すっかり鼻の下が長くなっていた。
生まれたとき、あまりにもぶさいくで、「大きくなったらきっときれいになりますよ。」
と助産師に言われた13歳下の子は、長身の素敵な男性と結ばれた。
男兄弟で、上しかいなかった私にとって、年下で女の子だったいとこたちは妹のような存在だった。
私が小学生の頃は遊んであげていたけれど、中学生になると、女の子と遊ぶということが恥ずかしく感じるようになり、いとこたちとの距離はどんどん遠ざかっていった。
「 お兄ちゃん」
といってみんなが集まるのは、いつも兄の方で、いつしか誰も私に近寄ろうとしなかった。
遊んであげられなかった申し訳ない思い。
そして、つらかった、むなしかった、悔しかった。
「もう、携帯持ってないから彼女できないんだよ。」
「私が紹介してあげよぅっか。」
私は、大人になったいとこたちに、すっかりもてあそばれてしまった。

もうあの頃には戻れない。
でも、アジアをたびすれば、人懐こくて、好奇心旺盛な子供たちが待っている。
いとこたちと遊んであげられなかったことが、それで罪滅ぼしになるとは思っていない。
ただ、みんなと遊んでいられることが、楽しいんだ。

法事で12年ぶりに母方の親戚が集まった。
私が中高生の頃までは祖父母や親戚が集まることはよくあったけれど、大人になってからは、親戚が集まるのは葬式くらいだった。
だから、小さかった頃のいとこの姿がしっかりと脳裏に焼きついていて、12年という歳月以上に、みんなの成長した姿に驚きを隠せなかった。

8つ下の子は、誰か分からないくらいきれいになり、私の取り皿に、出てきた料理をきれいによそってくれる
10歳違いの子は2人、一人は12年前はガングロで、その子がいまや一児の(茶髪の)母となり、
もう一人は二児の母、息子である2歳のお兄ちゃんは、きれいなお姉さんたちに遊んでもらって、すっかり鼻の下が長くなっていた。
生まれたとき、あまりにもぶさいくで、「大きくなったらきっときれいになりますよ。」
と助産師に言われた13歳下の子は、長身の素敵な男性と結ばれた。
男兄弟で、上しかいなかった私にとって、年下で女の子だったいとこたちは妹のような存在だった。
私が小学生の頃は遊んであげていたけれど、中学生になると、女の子と遊ぶということが恥ずかしく感じるようになり、いとこたちとの距離はどんどん遠ざかっていった。
「 お兄ちゃん」
といってみんなが集まるのは、いつも兄の方で、いつしか誰も私に近寄ろうとしなかった。
遊んであげられなかった申し訳ない思い。
そして、つらかった、むなしかった、悔しかった。
「もう、携帯持ってないから彼女できないんだよ。」
「私が紹介してあげよぅっか。」
私は、大人になったいとこたちに、すっかりもてあそばれてしまった。

でも、アジアをたびすれば、人懐こくて、好奇心旺盛な子供たちが待っている。
いとこたちと遊んであげられなかったことが、それで罪滅ぼしになるとは思っていない。
ただ、みんなと遊んでいられることが、楽しいんだ。
by asiax
| 2011-11-05 17:32
| 東南アジア










